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錆モノ 2011.8.21

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小さい頃から、錆びたモノを拾う性癖があります。

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曲がった釘、ハンドルが折れたハンマーヘッド。

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壊れたゼンマイ。

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何かを縛っていた針金。

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椿の枯れ花。これは厳密に言えば錆ではありませんが、錆と同じような魅力を感じます。

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愛用している「ヘラ」(※参照)。
これは拾ったモノではなく、祖父の形見です。
小学生の頃、80歳を超えていた祖父が庭仕事で愛用していました。よく庭仕事を手伝っていた(というかおそらく邪魔していた)ので、馴染み深い一品です。当時から錆び付き、刃は曲がっていたように記憶しています。特に手入れもせず、手荒く使っていますが、非常に丈夫。むしろ錆が成長し厚みを増し強くなっているような気さえします。錆のお陰で表面がデコボコなため、手が滑らずグリップ感も良い。「錆モノ」で一番の宝物です。

(※)ヘラは沖縄の伝統的な農具。刃が細身なため、農作物を痛めずに草取りできます。ハンドル部に棒を挿入すれば小型の鍬にもなる。昔の農民は、帯に刃の部分を挿して携帯したようです。

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しかし、なぜ「錆モノ」に惹かれるのかは良くわかっていません。
「この錆モノいいネ」と共感されたこともありません。そもそも錆はネガティブ・ファクターです。「腕が錆びる」「錆刀」「身から出た錆」という表現もあります。しかも、私が集めている錆モノは歴史的価値もない。錆びていれば何でも拾うわけではないので、ある程度の価値基準はあるのですが、うまく説明できない極めて感覚的なものなのです。ですから共感されないのは当然。むしろ「この錆モノいいネ」と言われ、「この色合がいい!」「柄の折れたハンマーに物語性を感じるなぁ」「年期が入った風合いがなんとも言えない」などと錆モノ良さを説明されると驚くかもしれまません。自分が夕焼けを美しいなぁと眺めている時に、あれこれ夕焼けが美しい理由を説明されたら興ざめするのと同じだと思います。

デザインは共感されないと成立しない創造活動ですが、デザインにも説明のつかない感動を与える要素はあるものです。説明ができない感動は、自分だけのものでしかありません。他者と共有することはできない。ということは、誰一人自分の感性に共感しなくても心配することはないし、何故それに感動するのか説明する必要もないことになります。但し、自分の美意識は、説明の付かない感性として、デザインに反映されているかもしれません。